仮面ライダー(変身ポーズであっという間に大ブームに) 「仮面ライダー」の放送開始は「帰ってきたウルトラマン」と同じ1971(昭和46)年4月。 私は小学2年生でした。 当時、雑誌を買ってもらっておらず、情報源がテレビしかなかった私は、どちらの番組の放送開始も知りませんでした。 「帰ってきたウルトラマン」については直前に友達のU君から聞き、新しいウルトラマンの登場に大興奮したのを覚えています。 ちなみにこのU君というのは、私と、ミラーマン・シルバー仮面の話をした友達のことです(2020.11.12の
「仮面ライダー」の放送開始は「帰ってきたウルトラマン」と同じ1971(昭和46)年4月。
私は小学2年生でした。
当時、雑誌を買ってもらっておらず、情報源がテレビしかなかった私は、どちらの番組の放送開始も知りませんでした。
「帰ってきたウルトラマン」については直前に友達のU君から聞き、新しいウルトラマンの登場に大興奮したのを覚えています。
ちなみにこのU君というのは、私と、ミラーマン・シルバー仮面の話をした友達のことです(2020.11.12の記事)。
体の模様が二重線になっていたり、ハーフパンツがショートパンツになっていたりといった、新しいウルトラマンのデザインの変更を聞いて、「かっこよっさそう」と思いました。
ハーフパンツよりショートパンツの方が、今風の言葉でいえば「スポーティー」に感じたのです。
この時はまだ耳で聞いただけで、新しいウルトラマンの姿を見てはいませんでした。
当時の自宅のテレビは小さな白黒画面でした。
そのテレビで、私は「帰ってきたウルトラマン」の第1回放送を見ました。
雑誌でもテレビの予告編でもそれまで見たことが無かったので、新しいウルトラマンの姿を見たのはそのテレビ放送が最初でした。
私は“体の模様が二重線”という特徴を聞いていたので、
「どんなふうに二重線模様になっているのだろうか」
とわくわくしながら見たのですが、残念ながら自宅のテレビではそれが分かりませんでした。
体の模様は二重線ではないように見えたのです。
翌日、
「体の模様は二重じゃなかったじゃないか」
と文句を言うと、
「これ見ろ」
と、U君からは雑誌『小学二年生』の「帰ってきたウルトラマン」のページを見せられました。
確かに体の模様が二重線になっています。
「ああ、こういうふうになっていたのか」
と理解しました。
第2話放送の時は、よーく目を凝らして見て、体の模様が二重線であるということを自宅の小さな白黒テレビ画面を通してでも視認することができました。
さて、このように「帰ってきたウルトラマン」は第1話から見ることができたのですが、「仮面ライダー」については第1話から見ることができませんでした。
なにしろ、存在そのものを知らなかったのです。
放送開始してしばらくたった頃だったのでしょう、U君に
「仮面ライダーって知ってるか」
と聞かれたのが、私がそのヒーローの名を耳にした最初でした。
知らなかった私にU君が雑誌でまたそのヒーローの写真を見せてくれたのか、それともテレビでその姿を見たのが最初だったのかは分かりません。
旧1号ライダー編の終盤から私は「仮面ライダー」の番組を見始めました。
初めて仮面ライダーの顔を見た印象は、
「こわい顔をしているなあ」
でした。
でも、1人で複数の敵をパンチやキックで蹴散らしていく姿はかっこいいと思いました。
スタジオセットという制限された空間の中、1対1で重々しく怪獣と戦いを繰り広げる窮屈そうなウルトラマンやウルトラセブンと比べ、広々とした屋外で、時に高くジャンプなどして伸び伸び戦う仮面ライダーはスピーディーでスマートでした。
ただ、物足りなかったのは、変身の仕方を真似できなかったことです。
ウルトラマンならベーターカプセルを掲げる、ウルトラセブンならウルトラアイを着眼するなどの真似しやすい変身の仕方があったのですが、仮面ライダーには無かったのです。
ところが、2号ライダーと共に変身ポーズが登場し、またたくまに仮面ライダーは子どもたちの間で大ブームとなりました。
2号ライダー役の佐々木剛さんがバイクに乗れなかったため考案された苦肉の策の変身ポーズが、仮面ライダー大ヒットの引き金になったのですね。